2011年9月21日水曜日

9月18日 人生の四季を生きる

◆聖書の御言葉 
・ヨハネによる福音書15:4、5(新約聖書p198)
  「わたしにつながっていなさい。・・・
  わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。
  もし人がわたしにつながっており、
 またわたしがその人とつながっておれば、
 その人は実を豊かに結ぶようになる。」
 
・出エジプト記20:24(旧約聖書p127)
  「わたしの名の唱えられるすべての場所において、
 わたしはあなたに臨み、あなたを祝福する。」
 
◆バイブル・メッセージ 

◇人生の四季

 わたしたち日本人は春夏秋冬、四季折々の自然の美しさの中で生きています。
 
  スイスの有名な精神科医ポ-ル・トゥルニエは
  人生を四季になぞらえ、4つの年代区分をしました。
 
 
  春:0~20歳  準備の期間 将来や仕事のことを準備する学生の時代    
  夏:20~40歳 活動の期間 社会活動、結婚・出産・育児に携わる時代
  秋:40~60歳 収穫の期間 活動の結果を収穫する時代
  冬:60歳以上  成熟の期間 人生の中で一番の成熟期
 
 
◇季節ごとの特徴
 
人生の四季には、それぞれ特徴や課題があります。
 
 
  春(0-20歳)
  春の季節の中心は、思春期です。
  子供たちは成長し、親を離れ、自立へと踏み出します。
 
  別名「嵐の時代」と呼ばれるこの不安定な時期は、様々な葛藤を経験します。
  本人にとっても、親にとっても、デリケ-トで難しい季節です。
  また、この時期にする決断が人生に大きく影響するので、大切な期間と言えます。
 
 
  夏(20-40歳)
  夏の季節の中心は、社会人としての生活や結婚などです。
  夏は暑く、汗をかく季節ですが、まさに汗水たらして働き、活躍する時期です。
  誰と結婚するか、あるいは独身でゆくか、大きな決断を求められます。
  結婚・出産・育児という人生に踏み出す方もあるでしょう。
 
  男性も女性も、社会において活動し、仕事中心の生活が始まります。
  と同時に、激しい競争のただ中に投げ出され、厳しい環境に突入します。
                                       
  秋(40-60歳)
  秋の季節の中心は、社会的地位と責任です。
  収穫の季節にふさわしく、職場でも責任ある重要なポジションにつき、社会的な安定を果たすはずですが、現代は不況のためにそうもいかないのが現実です。
 
  「会社」「仕事」「お金」「出世」そういった目標のみに価値をおいて歩んで来た人にとっては、厳しい季節となるかもしれません。
  思い描いてきた人生設計と、大きく異なる結果が待っていることも多いからです。
 
 
  冬(60-)                                 
冬の季節の中心は「老いと死」の問題です。
  第二の人生と呼ばれる季節ですが、必ず迎える死への準備期間でもあります。
  これまでの人生をふり返り、なにが大切で、なにが大切でないかを見きわめ
  もう一度軌道修正し、やり直しができるチャンスの期間です。         
 
  この期間、みずからの歩んできた人生に対して、どれだけ正直に向き合えるか
  老いと死にどのように向き合うか。                     
それがそのまま、その人の「人生の質」「人生の豊かさ」を左右することにもなるでしょう。
  そして、人生の長さではなく、人生の質を豊かに高めることができた人は、真実な意味で幸福な人と言えます。
 
 
◇真の豊かさ
  人生の四季を見つめていく中で、大切なキーワードが出てきました。
 
 
  「収穫」「豊かさ」「豊かな実り」などです。
 
 
  これらのことに関する聖書の言葉に耳を傾けてみましょう。
  イエスは、人生の豊かさ、「実り」についてこのように語っています。
 
 
  「わたしにつながっていなさい。・・・
   わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。
   もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、
   その人は実を豊かに結ぶようになる。」(ヨハネ15:4,5)
 
 
  イエスはここで、豊かな実りある人生を歩む、ただ一つの秘訣を教えています。
  「わたしにつながっていなさい。」(ヨハネ15:4)
 
 
  聖書によれば、イエスは神ご自身です。
 
 
  つまり、「わたしにつながっていなさい」とは、神につながっていなさい、との意味です。
 
 
  豊かな実りある人生を歩む秘訣は、これだけです。
 
 
  ここでは、ぶどうの木の幹と枝が
  神と人間(わたしたち)の関係にたとえられています。
 
 
  枝は、幹につながっている間は、幹から養分を得て
  元気に花を咲かせ、実を結ぶことができます。
 
 
  しかし、枝が幹から離れた瞬間
  その枝は確実に枯れていきます。
 
 
  実を結ぶどころか
  枯れる、死ぬという未来だけが残ります。
 
 
  幹につながっていた時は
  幹の中を流れていた養分を共有していました。
 
 
  それ(養分)こそが、この枝の命でした。
 
 
  しかし、幹から離れた瞬間
 
 
  枝を生かしていた養分が
  もう流れ込んでこない・・・。
 
 
  だから、枯れる
  「限りある命」になってしまったのです。
 
 
  もうおわかりでしょう。
  これこそが、聖書が示すわたしたち人間の姿なのです。
 
 
  人間は神と同じように
  永遠に生きるものとして創造されましたが
 
 
  人間が神から離れた結果
  死を迎えることとなったのです。
 
 
  わたしたちが
  神から離れて生きるということは
 
 
  幹から養分を得ないまま、枯れていくだけの枝と
  同じ運命をたどることなのです。
 
 
  それでも、わたしたち人間は
  なんとか代用品で間に合わせ、その穴を埋めようとします。
 
 
  花瓶に水を入れて枝をさすと
  少しは命をもたせることができます。
 
 
  少しの期間
  人々の目を楽しませ、花を咲かせることはできます。
 
 
  しかし
 
 
  それだからといって
  この枝の運命が変わるわけではありません。
 
 
  花瓶にさした花を
  なんとか長持ちさせようと水を変えても
 
 
  本当の幹にはつながっていないので
  やがて枯れてしまう運命なのです。
 
 
  この世の喜び、この世の豊かさ、この世の繁栄、この世の華々しさ・・・
 
 
  それらを追い求めることは、確かにやり甲斐があっておもしろく
  充実感を味わうことができます。
 
 
  なにかに夢中になり、熱中することは
  決して悪いことではないはずです。
 
 
  しかし
 
 
  それだけを追い求めるあまり
  大切なことを忘れないようにと聖書は注意を促します。
 
 
  わたしたちがこの世で追い求めるもの
 
 
  それらは
  本当の養分ではなく、あくまで代用です。
 
 
  幹である神から離れた人生には
  必ず、枯れて死ぬ、という運命が待っているのです。
 
 
  この、聖書が示す現実を
  どう受け止めるのか。
 
 
  それは。一人一人の選択に委ねられています。
 
 
  イエスは
  いつかは枯れてしまうこの世の一時的な実りではなく
 
 
  永遠に続く、真の実りを得るために
  しっかりと神につながるよう勧めているのです。
 
 
  「わたしにつながっていなさい。」(ヨハネ15:4)
 
 
  そして、具体的に神とつながる方法も
  聖書は記しています。
 
 
  「わたしの名の唱えられるすべての場所において、わたしはあなたに臨み、あなたを祝福する。」(出エジプト記20:24)
 
 
  神の名を呼ぶ(唱える)ことです。
   ※神の名を呼ぶことに関しては、これまでのバイブルサンデーメッセージをご参
    照ください。
 
 
  神の名を呼ぶ時、ご自分の名を呼ばれた神はその人に答え
  その人とつながって永遠の命を共有されるのです。
 
 
  幹から枝へと
  豊かに養分を送られるのです。
 
 
  その時
 
 
  枯れかけていた人間の心は
  新しい命で満たされます。
 
 
  青々とした葉がしげり、美しい花を咲かせ、豊かな実を結び
  真の豊かさで満たされるのです。
 
 
  イエスは言われました。
  「わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。
   また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。」
  (ヨハネ11:25~26)
 
 
◇結び
  最後に、一つだけ付け加えておきたいことがあります。
 
 
  今回は「人生の四季を生きる」というテーマで学びました。
  それぞれの季節を、充実して生き、真の実りを得られたならどんなに幸せでしょう。
 
 
  しかし、すべての人が春夏秋冬を順調に生きられるとは限りません。
 
 
  大震災の教訓として
  わたしたちは、人生に想定外は起こりうることを学びました。
 
 
  そうです。
  冬の季節の課題である「死」の問題。
 
 
  それがじつはすべての季節に共通する
  最大の、緊急のテーマであることにも気づかされます。
 
 
  今あゆんでいる季節が
  春でも夏でも秋でも
 
 
  「死」というだれもが避けられない問題に向き合い
  前もってそなえること。
 
 
  これこそが、いつなにが起こっても動じない生き方、
  人生の四季を安心して生きるための秘訣だということです。
 
 
  このメッセージを目にするすべての人が
 
 
  幹である神につながり、豊かに実を結び
  祝福を受けられることを願っています。
 
 
  神につながる時、何も恐れることはありません。
  不足を感じることもありません。
 
 
  たとい「死の陰の谷を行くときも」(詩編23:4)恐れることはありません。
  神がわたしたちと共にいてくださるからです。
 
 
  今日わたしたちも、主の名を呼んで
  神であり救い主である主イエスとつながりましょう。
 
 
  イエスは信じる者に約束されました。
  「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイ28:20)
 
 
  神は言われます。
  「わたしの名の唱えられるすべての場所において、
  わたしはあなたに臨み、あなたを祝福する。」(出エジプト記20:24)
 
  われは主なり
 
   ※神の名を呼ぶことに関しては、これまでのバイブルサンデーメッセージをご参
    照ください。